作品に吸い込まれる時
私は寝転がるのが好きだ。
決して怠けてるわけではない。ただ、寝転がっている時の、どんどん自分が接地面に溶けていく感覚が好きなのだ。
私は、茨城県那珂湊で開催されているアートイベント・みなとメディアミュージアムのスタッフのひとりである。今回は、お客さんが来るまでの間、「作家の卵になれる卵」という作品の中に寝転がってみたときの気持ちをのこしておきたい。
題して、「芸術作品の中に、飽和するほどの時間、寝転がってみたの巻」。
この作品は、手でちぎられた無数のダンボールが床に敷き詰められてある。そして、はりこで出来た卵たちが、ダンボールチップの上に並べられているのだ。
寝転ぼうとダンボールに一歩足を踏み入れた途端、私は立ちくらみがした。足から伝わる普段とわ全く違う柔らかな感触に驚いたのか、それとも体全体が「聖域」に入ったと感づいたのか。
立ちくらみにたえぬき、ゆっくりと卵の方へ近づいていく。そして、体を横にする。全身で感じる古紙のぬくもり。
仰向けになったまま、手探りで掴んだダンボールを手に取り、ちぎってみる。ここでは、この行為は「破壊」ではなく「創造」の手段だ。ちぎる事で、壊す事で、作品がどんどん進んでゆく。
こうして、ちぎるという創造行為を繰り返しながら、ゆっくりと地面に、正しくはダンボールの破片の中に埋もれてゆく。作品と、一体になっていく。
風の音がした。